物事を多角的に見ることの重要性

魂を原石を例えるなら、人格は職人の腕である。職人の腕の良し悪しで、魂格は上がったり下がったりする。誤解を恐れずにいうならば、魂格とは、宝石の等級に置き換えて考えることができる。

原石を磨くとき、見えている部分だけをピカピカに磨いても、裏側は粗いままだったりする。

人格者と呼ばれる人の中には、こういうタイプもいる。特定の部分に関しては人格的であっても、ある領域になると被害者になってしまうと、それは魂の裏側にはまだ粗削りなところがあって、磨くところがある。

周りから優しいと評価されている人でも、自分だけはそうは思えなくて、疎外感を覚えてしまう経験をしたことはあるだろうか。これはあなただけが、その人の持つ宝石(魂)の裏側の粗さに気づいていたからかもしれない。

逆に、表側は少々粗くても、裏側がピカピカな人もいるだろう。そういう人を見抜いて好きになる人もいるだろう。

人格の中には、多角的に物事を見る力が含まれている。それは自分自身の魂のカテゴリー(価値観)が違う私たち一人ひとりが、手を取り合って生きていくために必要なものだ。

原石を磨くときには、全体を磨きつつ、表面の粗さによって、適切なやすりを用意する。表面がデコボコしているなら、粗いやすりで、表面を均(なら)していく必要がある。

表面に凹凸がない場合は、きめ細やかなもので研磨していく。

これは仮説だが、魂格の粗さに応じた出来事が起こるではないのだろうか。ここではっきり明言しておきたいのは、出来事のスケールの大きさは関係がなく、あくまで精神世界での「どう感じるか」という大きさだ。

例えば、「手術」という出来事に対して、大ごとに感じる人もいれば、些細なことと感じる人もいる。このように、人によって印象は異なるため、「その人の魂を磨くにあたって適切な出来事」が起こるという意味だ。

では、魂格が高いからといって、ずっと平穏無事ということではなく、なにかが起きても、心が揺さぶられにくくなるということだ。

では魂格90%の人はほとんど物事に動じないか、といったらそうとは限らない。

例えば、9割の表面積が100%の状態で磨かれていても、魂の裏側の1割の部分がまったく磨かれていなかった場合、そのまったく磨かれていなかった1割の部分を磨くための事象が起こる。それは、大変な思いをされるのではないかと考える。

またそうした場合、魂格を磨くのが難しいかもしれない。なぜなら、本来まったく磨かれていなかった1割の表面を磨かなければならないが、ついつい9割のところを磨いてしまうからだ。

磨かれていない1割の部分に目を向けられないと、磨き切るまで(学びきるまで)似たようなことが連続的に、一定周期的に起こってしまう。

冒頭で述べた、人格者と評される人物であっても、特定の領域で被害者になってしまうと、一定の魂格で止まってしまう。

それならば魂格70%で、まんべんなく70%磨かれている状態のほうが、もともと多角的に物事を捉えることができているので、長期目線では魂格を100%まで上げやすいのではとも考えられる。

物事を多角的に見ることの重要さはここにある。

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