魂格の高い者と低い者の関係

前回、魂格の高い者(以降、魂格者と略す)は物事に囚われないため、そのことが魂格の低い者にとって辛く感じるということを記したが、それは「実際の魂格が高くても、その者の人格(の評価)も高いとは限らない」そのメカニズムについて解説したに過ぎない。

人間関係の衝突は、互いの価値観をぶつけなければ起きない。犬好きと猫好きが普段争うことはないが、「家で飼うことができるのはどちらか一匹だけ」という状況下で、どちらの派閥も譲ることができないときに、対立と衝突が起こる。

魂格者は自分の価値観を相手にぶつけることがないため、衝突自体が起こらないのだ。

魂格に差がある場合は、魂格者が、魂格の低い者の価値観に歩み寄る形になることが多い。ただ、歩み寄るという言葉は正確なニュアンスを表していない。

その人の価値観のテリトリーに深く関わらせていただいてる、その人の価値観という制限の中で自分自身を成長させていただいてると捉えて、感謝と尊重の意識が強い。魂格者は人との違いを楽しむことができるのだ。

私たちは魂を磨くため、この地球に生まれて重力と肉体の制限を受けて修行をしているようなものだが、そこにさらに相手の価値観が加わっていると考えるとイメージがしやすい。(ただし、魂格者にとって修行=辛いという意識はあまりない)