魂格が上がる人、魂格が下がる人

スピリチュアルカウンセラー、利恵(Hakuho)さんのセッションの中での話を今日はまとめていきます。

魂格を上げるためには、もちろん使命に生きることが大切になります。使命に生きることで、あらゆる経験ができ、魂が磨かれていくからです。使命をやっていたら自動で魂格が上がるのではなく、経験しなければ、すなわちあらゆる角度から物事を捉えることができるかどうかができなければ、魂格はどこかで頭打ちしてしまいます。

私の解釈ですが、使命とは、「その方向性で生きると色々な経験ができて魂を磨ける生き方」です。もちろん天から生かされていくことにはなりますし、魂は使命に生きると喜びますが、楽な道ということではありません。

使命をどれだけ果たしてきたか、というのが魂格のパーセンテージとして表れているというのは正確には誤りです。「(使命を通じて)どれだけ魂を磨いてきたか」がより近いです。使命に生きれば魂格が上がっていきますが、そこには自身を省みる力や、素直さ、人格といった要素が関わっていくことになります。

例えば、例えば使命に生きて怒りの感情が出てきたとき、アイツが悪いなどと、自身を省みることしなければ、魂格が上がることがありません。それをさせた自分、それを言わせた自分になにか原因はなかったのか、という視点で一度自分自身のことを振り返る必要があります。

怒りの感情が起きたとして、なぜ怒っているんだろうと客観的に観察することが大切です。それを一つの経験として落とし込んでいく必要があります。

「こういう理由があってこのような感情になっている」と分析していきます。

負の感情をプラスに置き換えることができるか、いかに楽しむことができるか。こういったことが試されています。

もちろん、楽しいことでも魂は磨くことができます。魂格を上げていこうとすると、どんなことも前に進む原動力にできるかどうか、大切になってくるようです。

中には、人格が邪魔をして魂格を下げてしまう人がいます。

魔がして人を騙してお金を設けたり、人を傷つけたりすると魂格が下がります。

魂格が上がりきると、あらゆるものを善の存在という前提の上で物事を見るようになるようです。

小話になりますが、以前私は、下衆な話をしていったり、人の批判をしていくと魂格がどうなるか気になって実験をしたことがあります。

しかし、利恵さんにみてもらうと、特に魂格に変化がありませんでした。

そこで、「実は…」と自分がしてきたことを打ち明けてみました。

すると利恵さんはこう言いました「宇宙は動機から見ているので、るいさんのそうした意図まで読み取ってしまっているため、魂格が下がることはないですね」。

たしかに、批判しても下衆な話をしても、そこに悪意を込めることができてなかった、と意味の分からない反省してしまいました。

キリストの言う、神を試してはならないとはこういうことか、と思ったときでした。