前に僕に相談しにきてくれた友人がいました。その人は仕事上の人間関係のトラブル、そして自分の行きたい方向性に人生の舵取りが進まなくて、それがストレスで倒れてしまいました。それで、なんとかならないかという相談でした。
そこで「まず、自分はそんな大した人間じゃないことを認めたほうがいい」と伝えました。
自分は大したやつだと思っているのに、周りが認めてくれない、結果が出ない、思った通りにならないと、辛くなる。本当は自分は大した人間なのに失敗したら傷つくからチャレンジができない。
最初から自分は大した人間じゃないと自覚していれば、失敗したって当たり前だから落ち込まない。周りから何か言われても気に障ることもない。まだまだ俺はこんなもんだよな、で思い悩むのおしまい。
そして次に「こうでなければならないという思いこみを外していこう」と友人に伝えました。
「それはできてるつもりだけど、まだ思い込みがあるのかな…」と返ってきました。
「〇〇さんは幸せにならないといけないと思ってるよね?人生はね幸せじゃなくてもいいんだよ。」「仕事に生きがいを感じないといけないと思ってるけど、生きがいなんて、なくても楽しめるよ」と伝えると、そこまでしないとだめなの!?と返ってきました。
「幸せじゃない自分を否定してるでしょ。それがあなたを苦しめてる」
それだー!!!!と、友人は腑に落ちるようなリアクションをされていました。
幸せであることはもちろん大切なことなのですが、幸せでない自分は価値がないという考え方は、さぞお辛いでしょう。まずはその思い込みを取っ払いましょうと。そのためには不幸な自分でもOK!思った通りにならなくてOK!と認めてあげればいい。
幸せでないと価値がないとか、仕事に生きがいを感じていないとダメだと思っている人は、無意識にそういった“不幸な人間”を下に見たり、価値がないと思って見ちゃいませんか。この人は可哀想な人間だ、みたいな。その物差しで自分や他人を測るのをやめましょう。
自分を絶対肯定するところからはじめること。部分肯定や相対的な肯定は、~でないと価値がないという意味だからそれは、自分を否定しているようなもの。だから苦しい。
自分を絶対肯定するには、しょうもない人間でもOKだし、不幸でもOKだし、周りから遅れをとってもOKだし、誤解されてもOKだし、…と一つ一つ自分で腑に落としていく必要がある。自分の中にある苦しみを見つけたら、苦しんでOK!と許可してあげればいい。
おもしろくて、これやると性格が良くなっていく。例えば陰口や悪口を言わなくなる。なんでかというと、もともと自分もしょうもない人間なので、人様のことを言ってられませんよ、という心境になる。マウントを取る必要性もそもそもなくなる。
そして、相手の価値を無条件に感じることができます。絶対肯定できる。
結果的に素敵な人格になっていくんですね。
自分との向き合い方が、他人との向き合い方にまで影響していく。
で、色んな思い込みを外していってから、目標を持つと楽しんで前に進めます。目標が叶わなくても幸せになれるし、叶っても幸せ。目標達成が幸せの絶対条件じゃない。幸せかどうか、そもそもどうでもいいのです。
自我ではなく、魂に敬意を払い大切にすること。
僕らは色んな物語の、ハッピーエンドに影響を受けすぎちゃったのかもしれないね。
絶望するとは、地に足を付けると言うことです。
僕の歌のレベルはまだまだこのくらい。だから、もっと練習しようとか。ちゃんと前に進むことができます。
この部分ができてないから、できるようになろうって、建設的に生きていける。
幸せになれなくてもいいんだっていうところから始めるとメンタルは元気に、強くなる。
面白いのがですね、メンタルが元気に強くなると、どんな状況でも楽しい。
だから結局、幸せになっちゃうんですけどね。
幸せを手放すと幸せが手に入るということ。