みんなの生きた証を残す

生きたい、死にたくない、生きた証を保存したい。そういう欲求が、子が欲しいとか、歴史に残りたいとか、そういうことに繋がっていくのかなと思います。

解散したバンドのライブをYouTubeで視聴することがあります。たくさんのライブ動画を視聴していると、まるで今もそのバンドが当時のまま生きているような錯覚があります。

10年あれば、体型が大きく変わる人もいれば、年を重ねているのでお顔も変わっていくことでしょう。しかしアーカイブの中では、例えば10歳の自分も、20歳の自分も…70歳の自分も同時に存在することができます。

直接リアルで対面しない限り、その人が「今」どんな容姿なのか、年齢なのか、または生きているかどうかさえ関係がなくなります。

この感覚は、歴史上僕らの世代が初めて体験しているものです。YouTubeが始まったのが2000年代中盤で、2010年代には一般人による動画撮影、アップロードが当たり前になって、それから10年ほど経ってようやく分かってきたことですね。

過去は時空を超えて、「今」存在している。

同一人物のたくさんの映像を見ていると、一度も会ったことがない人なのに、心の中には、小さなその人が住み着いています。僕らの脳はうまくできているなと思います。

今まで話したことは、孤独(感)問題を解決するヒントにもなると思います。

自分の存在を移したデータ(動画)を人が見ることで、相手の脳で補完させて、今存在しているように錯覚させることができます。肉体は滅んでも死ぬことがない。現代に生きる人々の心に生き続ける。そういう世界ができるのでしょうね。

先日子供デザインフェスタの映像をオフショット化しましたが、「一つ一つの思い出をより楽しく面白く残したい」と思って編集しています。なかったことにはさせないというか、無駄にしたくないというか。

いつまで一緒にいられるか分からないし、次いつ会えるか分からないですからね。

まだまだ動画は残っているので、今後は関西旅行など、新曲のタイミングで発表できれば。

思い出とは、人間関係のアーカイブであると言えます。人間そのものというより、人間関係を保存する。

そう考えると、集合写真って記念で撮るけれど、人間関係が分からないので面白みはないですよね。意味のない個人的なやり取りの記録が結構好き。

思い出の価値はプライスレスです。オンリーワンのもの。良い思い出に囲まれるのは、自信や自尊心にも関わるものかもしれません。

めちゃくちゃ楽しい思い出作って、ああ良かったと思っていただいて。だから関わった人たちが生きた証を残したい、満足して最後まで生きていってほしいと思ってRusicをやっております。

3月は利恵さんが来日されイベントを行いますが、たくさんカメラ回して作品にしますよ!撮影機材増やして誰か手伝ってほしいですね!